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躁鬱患者の人生消化試合

感情の垂れ流し。ほぼ日記です。

死は心の安定剤

こんばんは、クズです。

 

ここ最近は気分の極端な落ち込みはなく、人にも怖気づくことなくお話ができています。

ただ、やっぱり苦手な人には多弁になってしまうので気をつけないと…

 

バイトの方や社員の方からちょっとした時にプレゼントを頂いたりと、気を使ってくださってるだけかもしれませんが、それでも嬉しく思います。

 

ちょっと躁転してきているような気がします。少し気分が晴れて話ができるようになってきました。

極端に買い物をするのを止めないと、薄給だから貯蓄がない…

 

いわゆる躁の時でも死ぬということが私のベストですので、希死念慮はついてまわります。

もう小学生?中学生?くらいからずっともう死ぬからと思いながら、それを支えに生きてきました。投げやりです。

真面目に人生に向き合ったらそれこそ気が狂ってしまいます。地獄。

 

秦の始皇帝錬金術師など沢山の人が不老不死を目指しましたが、狂気の沙汰です。こんなのが出回ったら拷問にも程があります。

錬金術は化学へと変貌して今も続いていますが、同時に安楽死の方法も生まれたので感謝しなければならないのかもしれません。

流石に時代が違いますし未知なる死への恐怖や単なる好奇心からですよね、話が逸れ過ぎました。無知なのにヘンに語ってしまいました。

 

この世の強者にとって死は恐怖ですが弱者にとっては救いになり得ると考えます。

「自殺すると地獄行きだよ」って、そんな不条理で残酷なこと良く言えるな。

まあ昔は繁殖してナンボみたいな感じでしたから仕方ないかもしれませんが。

 

死ぬことは救いだと考えてはいるものの、死に至るまでに身体が生きようともがき苦しむのが辛すぎて現状維持している状態です。

 

今はただ、時間の流れに身を任せることしかできません。生まれてくると終身刑なんです。

いつか死ぬから、と期限があるとちょっとだけ楽になりますね。